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第105回
主催者側で(あの「TOKI」が来る)といった様な事を匂わせる宣伝が事前に為されていたらしく、全バンドの演奏が終了した後の最後のステージにTOKIは乞われてステージに上がった。
(誰も俺の事なんて覚えてないだろうし、知らないだろうに…)
というTOKIの想像を大きく覆し、TOKIがステージに姿を現した途端、オーディエンスからの反応は大きく、多くの嬌声と万来の拍手で迎えられた。
そんな事に戸惑いながら、終演後、裏手のラウンジを歩いているとライブを見に来ていた一人の女性ファンから声を掛けられる。
「TOKIさん!会えて嬉しいです!今日はTOKIさんが来るかもっていうから来たんです!ずっとKill=slayd応援してました!」
「えっ?あ、そうですか!ありがとうございます!」
「TOKIさん、Yちゃんって子、覚えてます?」
「Yちゃん?…あ!」
TOKIは「Yちゃん」という子がmixiでKill=slaydのコミュニティの管理人をしている事を思い出した。
「あの子、ずっと、ずっとTOKIさんの復活を信じて待ってたんですよ。TOKIさんの歌が大好きって」
「いや、あの子にいつだかコミュを開いてくれてありがとうってメッセージを送ったんだよ。でも、一向に返信が無くってさ。ログインもずっとしてないみたいだし…元気なの?」
「返信はしないんじゃなくて…出来ないんです」
「ん?どういう事?」
「…彼女、今、植物状態なんです」
「え?」
TOKIは詳しく事情を聞いた。
自殺を図ったものの発見が遅れ、処置の甲斐もなく、彼女は脳に深刻なダメージを負ってしまった事を知り、言葉を失った。
2002年のSTEALTHは事務所の意向や、TOKIの音楽からの完全な引退という意志が作用し、HP等でも事前に十分な告知も無く突然ファンとの交流をシャットダウンした事によって関係を一切断ってしまっていた事を心の底から悔いた。
(もっと彼女の言葉を聞いていれば)
TOKIは事情を説明してくれた女性ファンに挨拶をし、その場を去り、打ち上げが行われているフロアに戻った。
TOKIを知る複数のミュージシャン達から「復活しないんですか?」「もったいないですよ!」と口々に言われる。
だが、それは自分の中で100%無い。
もう何年も前に完全に成立させた気持ち。
あまりにもショックな知らせを聞いてしまった為、どこか虚ろなままTOKIは知人達に別れを告げ、自宅に帰った。
平静を何とか取り戻し「今更どうしようもない」と無理に割り切ろうとするが割り切れない。
全く眠りにつけない暗闇の部屋でTOKIは我に返った。
(俺は施設の子供達を救うって事を、どれだけの事で受け止めているんだろう。自分を応援してくれた、たった一人の子も救えてないのに)
激しい自己批判。
強烈な自己嫌悪。
TOKI自身がTOKIを執拗に責め立てる。
…翌日。
心の整理がつかないまま、やるべき事をこなす。
…翌々日。
(もう一度だけ…)
音楽の世界を知っているTOKIにはステージに上がって歌う事に対し、一過性の気持ちでは、とても対応できない事を知っている。
1年のブランクを埋める為には3年かかると言われる技量の世界において自分は最後のステージから9年のブランクがある。
(とても無理だ…)
無意識に立ち上がる意識。
しかし、言葉では説明できない衝動が身体を支配する。
今までどんな無理な事でも打破してきた自分がいる。
諦めなかった自分がいる。
乗り越えてきた自分がいる。
今も眠り続けているであろう一つの哀しい魂の為に自分が出来る事。
それは一つしかない。
「もう一度だけ…もう一度だけ歌ってみるか…」
C4の初のバンドオリジナル曲「Intense RAIN」。
その冒頭の歌詩に紡がれる「一つの魂に捧ぐ」という言葉。
一人の女性の願いがTOKIを復活させた。
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