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第22回

帰路に着く為、皆が海の家を出て駅へと歩いて行く中で、菊池が擦り寄ってきて耳元で囁く。

(で、どうだったんだよ、昨日は?)
(あぁ、付き合う事になった)
(そうか!良かったな!)

不思議な気分だった。

静香が自分の彼女。

自分に彼女がいる。

妙な気分と同時に、とても照れくさかった。

電車に乗り継ぎ、それぞれの家に帰る為、別れる。

静香とは昨晩から会話をしていない。

しかし、それはお互いの照れくささからくる初々しさのソレであり、むしろ心地良い類のものであった。

学校は夏休み期間だが仕事に休みは無い。

翌日、いつものように仕事に出掛ける。

職場で菊池に冷やかされながらも、黙々と仕事をこなすTOKI。

アルバイトを終え、自宅に戻ると電話が鳴った。

「はい、もしもし」
「あ。あたし」

静香からだった。

「今晩ウチに来ない?話があるんだけど」
「うん、わかった」

静香の家は父親と二人暮らしだが、父親は貿易関係の仕事をしているせいか、一年の半分以上、家にはいない。

つまり彼女の家で二人きり。

約束の時間まで衣装を選び、髪のセットも入念に仕上げた。

家を出て約束の時間に間に合うように自転車を飛ばす。

20分後に到着。

彼女のマンションの部屋番号を探し、チャイムを鳴らす。

「いらっしゃい」

破顔する静香。

「ご飯は食べた?」
「いや、食べてない」
「ホント!じゃ、私が作ってあげるね」
「作れるの?」
「パパがほとんど家にいないから、自炊してるの。結構、自信があるんだから!」
「わかった」

静香が料理をしている時間、ソファでくつろぐTOKI。

「お待たせ!こんなのしかないけど」

スパゲティを差し出す静香。

「美味しそうだね」
「食べてみて!」
「うん、美味しいよ」
「良かった!」

先日の旅行の話をメインに会話が弾む。

会話の中で、静香の母親が中学1年の時にガンで亡くなった事。

不在がちの父に一定額のお金をもらって生活している事、静香は色々な事をTOKIに話した。

ふと、暗欝な表情に変わり無言になる静香。

「どうしたの?」

と聞くTOKIに静香は言う

「私が前に付き合った男の事は知ってるよね?」
「うん」
「気にならない?」
「うん」
「私、その前にも何人か付き合ってる人がいるの」
「そうなんだ」
「気にならない?」
「うん」

気にならない、というか、正直それがどういう意味を成す事なのかわからなかった。

「嫉妬」という感情が、その時のTOKIには完全に欠乏していた。

恋人が出来たというトキメキに「こんな時はまだ」心が支配され尽くしていたからかもしれない。

その晩、TOKIは女性というものを知る事となった。

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