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第43回
客席はまばら。
出演バンドのメンバーの方が多いんじゃないか?と思えるくらいの人の少なさ。
しかも客全員が座っている。
(ライブ会場には常にお客さんというものがたくさん入っている)
と勝手に思っていたTOKIは愕然とした。
心が動転し整理がつかないままカウントが切られる。
始まる演奏。
とりあえず歌う。
困惑しながら歌う。
歌いながら思った。
(何はともあれ、一生懸命やろう!)
自分の中でスイッチが入った。
高いボルテージに自分が同化していく。
3曲終了。MC。
「あ、え〜と、今日はどうもありがとうございます」
とTOKIが言った途端、客席から
「気取ってんじゃねーよ!パンクバンドだろうが!」
ヤジが飛び、それに呼応するように笑い声が客席に起こった。
次のライブが決まっている訳でもなかったので、言う事は特に見つからなかった。
絶句するTOKI。
「おいおい、黙ってんじゃねーよ!」
と、またヤジ。
また呼応する笑い声。
客席に行ってヤジを飛ばしている奴をブン殴りたい衝動を必死に抑えながら、残り曲を全て演奏。
ステージを降りた。
(俺は、こんな所で何をやってるんだ?)
という思いの影に、えもいわれぬ興奮がTOKIの心に息づいていた。
メンバーを見渡す。
メンバーも同様のようだ。
(これは…麻薬みたいなモンだな)
こんなライブでも
(次こそは客を黙らせてみせる)
(次こそは…)
という思いが胸の中で弾けている。
自分の中では暇潰しの一環だったバンドというものが、次第に大きくなっているのをTOKIは確かに感じていた。
その後、2回目のライブを吉祥寺でこなしたが、オリジナル曲の制作を機に、音楽性の相違でギターが脱退。
新たなギターを音楽雑誌のメンバー募集欄で探して、スタジオに入った。
そのギターが
「自分、このバンド好きなんですよ」
と、TOKIに1本のビデオを見せた。
映し出された映像では男同士がディープキスをしている。
バンド名はデランジェ。
曲も今まで聴いた事のないような不思議な感じ。
少なくても大衆受けするような感じではなかったが、妖艶なヴィジュアルとソリッドなサウンドには惹かれるものがあった。
「こういう世界観どう思う?」
と聞かれたTOKIは
「うん!イイんじゃない?」
新たにギターが入った事で新しい発見があった。
同時に、もう引き返せないほどバンドに魅せられていたTOKIがいた。
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