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第54回

一瞬の気の緩み。

たったそれだけの事で結城寛之は加害者となった。

一目会って頭だけは下げようと何回も何回も病院に通う。

しかし、本人、親族からの面会拒否を受け、結城は足を運ぶ度に忸怩たる思いを胸に病院を後にしていた。

しかし上司の神谷は何回も彼に面会を許されているようだ。

神谷から彼の経過を聞くと、非常に芳しくない様子。

結城が勤めているのは誰もが知っている大企業。

その営業車である軽バンで事故を起こしてしまった。

大企業になればなるほど人事の査定は厳しい。

一瞬の気の緩みで起こした事故だが、自分の出世に大きく響く事は間違い無い。

事故現場での事情聴取で「信号は見ていなかった」と明言してしまった。

嘘はつけなかった。

さりとて一方的に過失を認めてしまえば、更に人事の査定が厳しくなる事が予見される。

「謝りたいけど、謝りたくない」そんな結城の気持ちと立場を上司の神谷は汲み取っていた。

神谷はTOKIの病室に足繁く通い、この頃はまだ珍しかった携帯テレビや携帯ゲーム、高級な果物などを随時差し入れて、TOKIの心に近づいた。

TOKIもそれを受け入れ、すっかり神谷と仲良くなっていた。

「最近、調子はどう?」
「えぇ、体調は悪くは無いのですが、検査データの上ではどんどん悪くなってるみたいです」
「そうか…そんな時に話すのはどうかと思うんだけど」
「結城さんのことですか?」
「うん」
「あんまり話したくありませんね」
「うん、そうだよね。ゴメンゴメン」
「いや、神谷さんが謝る事はないっすよ」

TOKIは結城を絶対に許すつもりは無かった。

いや、許す許さないの次元ではない。

胸中にあるのは「殺意」。

身体が動けるようになったら彼の家に行き、殺す事を具体的にイメージした事は一度や二度ではない。

彼がボーっとしていた事で自分の身体はボロ雑巾のように縫い傷だらけになり、臓器を失った為に、これから一生、制限付きの日常生活を余儀なくされ、今なお、合併症で命を落とすかもしれないという恐怖と闘わされている。

結婚も子供も諦めなければならない。

人間として掛け替えのない「未来への可能性」というモノを彼は奪ったのだ。

(結城が笑う事など許される事ではない)

しかし、そんな負の思考は自分の身体に良くはない。

ただそれだけでの理由で思考を止めた。

今は僅かな望みを賭けて治療に専念する時。

TOKIは、自制と葛藤を繰り返しながら日々を過ごした。

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