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第57回
「え?どういう事ですか?」
「うん、何とか結城を許してもらえないだろうか?」
事故以来、一度も謝罪しない結城。
見舞いを拒まれても、押しのけてでも土下座の一つでもすれば見方も変わったのだろうが、そんな気配すらない結城。
結城の名前が出ると、冷静になれない自分。
自分をこんな身体にした張本人。
警察にも「断固たる厳しい処分をして欲しい」と通達し、絶対に交通刑務所に入れて、大企業の社会人としては抹殺してやろうと心に決めていた。
結城に抱いている殺意も減少していくどころか、日を追う毎に膨れ上がってきている。
それを許す?
あり得ない。
絶対にあり得ない。
「アイツは確かにどうしようもない人間です。正直、仕事も出来る方じゃない。人間性には私でさえ疑問に思う時は何回もありました。ましてや、今回の事故での彼の対応には、私も怒りを覚えたので、厳しく叱責しました。そんな、どうしようもない人間ですが、それでも私の部下なんです」
「神谷さんには本当にお世話になってます。その神谷さんが言う事なら、何でも聞きたいですけど。それだけは出来ません」
「そこをなんとか…」
「いいですか?僕はご覧の通りの身体です。もう結婚も出来ないでしょう。このボロボロな身体を引きずって生きていくんです。それでも生きていければ、まだいいです。今、死ぬかもしれないという恐怖と闘っている中、加害者のあの人は何をしてるんですか?仕事をして、奥さんと子供が待ってる家に帰って、美味いメシ食って、風呂入って、TV見て、グースカ寝てる訳でしょ?被害者の俺は、トイレにしか行けなくて、風呂だって1週間に2回しか入れない。恐怖で眠れない夜を、涙を流しながら身体に良くないから必死で寝ようと頑張ってる。加害者がのうのうと暮らしてて、被害者の俺は未来も奪われてるんですよ。許せる道理がドコにあるんですか!受けるべき刑事罰は、しかと受けてもらいます!しかもなるべく厳しい処分になるよう、僕は全力を尽くすでしょう」
無言になる神谷。
先程まで笑い声が木霊していた病室は、一転して静寂が支配していた。
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