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第58回
「おっしゃる事、もっともです」
押し黙っていた神谷が口を開いた。
「でしょ?神谷さんのお子さんが僕と同じ目に遭っても、同じ事が言えますか?」
「…言えないでしょうね」
「なら、そういう事です」
再び沈黙が流れる。
病室に見舞い時間終了のアナウンスが柔らかなオルゴールの音にのって放送される。
「…わかりました。すいませんでした」
席を立つ神谷。
気まずい空気が流れる。
しかし、TOKIの心情は微塵の揺らぎも無かった。
「それでは…」と一礼して病室の出口に向かう神谷。
それをベッドで横たわったまま目で見送るTOKI。
すると出口のドアの手前で神谷が立ち止まり、振り返る。
「どうしたんですか?」
「貴方は優しい。それは何回か見舞いに来させてもらって本当に良く分かりました」
「え?あ、はぁ」
「それだけに、これだけは言うまい、と思ってましたが、やはり言わせて下さい
」
「え?何ですか?」
「結城には二人の子供がいます。上が娘で、下が息子です」
「…はい」
「上の子は生まれながらにして目が不自由なんです」
「え?そうなんですか?」
「はい。ハッキリ言って、ウチみたいな大きな会社だと、こういう交通事故を起こしただけで、まず出世は無くなります。人事考査は厳しいですから。なので、社会的な制裁は否応でも受ける事になります。それはしょうがない。しかし、交通刑務所とかにまで入ってしまうと、会社にいられる事すら危うくなります。そうなれば彼の子供達まで被害を被る事になります。何とか、そうはさせたくない、というのが私の思いなんです」
言葉を失うTOKI。
「卑怯な奴だと思ったでしょう?こういう事を言うのは卑怯な事だと思います。貴方の心を締め付ける事になるだけですから。しかし、それでも言わずにはいられなかった。ごめんなさい。何とか考えてみてやって下さい。それでは失礼します」
深く頭を下げ、病室を出る神谷。
言葉を失ったままのTOKI。
まだ21歳のTOKI。
その日の夜は何も考えられなかった。
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