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第64回

「え?どういう事ですか?」

担当医からカンファレンスルームに呼び出しを受けたTOKIは話の主旨が良く理解出来なかった。

「いや、だから、解りやすく言いますと、非常に稀なパターンなのですが、これは良い兆候と捉えて差し支えないという事です」
「つまり?」
「今までの症例では、まず見られないパターンなので、些か戸惑いましたが、これなら退院の見通しが立つという事です。無論、再び元に戻ってしまう恐れも勿論ありますので楽観視は出来ませんがね」

新薬の投与期間中に一度でも経過が悪くなったら回復した前例が無い為、担当医は戸惑い、驚いていた。

そして開発されたばかりの新薬なので、投与から何年、何十年経過した、という実績が未だ無い為に何とも楽観視は出来ないが、検査上のデータが通常のレベルまで回復しかけていると言うのだ。

(先の事なんかどうでもいい!病院から出れる!)

どんな副作用があろうとも、あとがどんなにダメになってしまっても、そんな事はどうでも良かった。

ただただ、この闘病生活から抜け出したい。

普通に街を歩いて、自分の家で寝起きをしたかった。

担当医は続けた。

「ただし、薬の投与は続けてもらいます。貴方の自宅の近くの病院に紹介状を書きますから、治療をしてくれる病院を探して教えて下さい。そこに通院してもらって、投与後は自宅で安静にする事。とにかく、病院が決まったら投与方法について私の方から連絡する、という段取りでいきましょう。」
「ハイ!わかりました!」

カンファレンスルームを飛び出して、退院のメドが立った事を実家に電話するTOKI。

電話に出た母親は驚嘆と感激を涙ながらに声にした。

新薬の投与中、副作用に襲われている姿を見せたくなかった為、TOKIは家族の誰にとも面会謝絶にしていた。

病状の進展も、心配をかけまいと濁した物言いで誤摩化していた。

事故から1年半以上の歳月を経て、母親に、ようやく真実を明かしたTOKI。

より涙声になる母親。

そんな母親に釣られて、TOKIも数え切れないほどの激痛に耐え、耐え難い苦悩と闘ってた自分を思い出して泣けた。

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