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第65回

退院日が決まってからというもの、TOKIは、自分がやるべき事を真剣に模索した。

(いつまた再入院させられるか、わからない)

もし、病状が再発して再入院となった場合、次はいつ退院できるかわかったもんじゃない。

いや、退院なんて出来ないかもしれない。

そんな思いが「自分のやるべき事」を探す事に只ならぬ熱を帯びさせた。

(やりたい事、やりたい事…医者になりたいけど、さすがにそれは現実的に難しいだろう。もっともっと現実的に…)

そんな思考を繰り返す中で、TOKIは「やりたい事」を見つける手法として「やってきた事」を振り返った。

今まで自分が人よりやってきた事。

即ち、ゼロから始めるより有利にスタートできる事。

更に言えば、やりたい事のヒントは自分が紡いできた歴史に隠されているような気がした。

(う〜ん、やってきた事…有利にスタートできる事…)

二つの事が思い浮かんだ。

TOKIはモトクロスというオフロードタイプのバイクのレーサーライセンスを所持していた。

(これならゼロから始めるより有利にスタート出来るだろう…けど)

バイク事故で、こんな身体になったのに、再びバイクに乗る気にはならなかった。

第一、カンとセンスを取り戻す為には、相当、危険な領域までトライアルが必要となるだろう。

もう母親を泣かせたはくない。

(あとは…音楽か)

バンドのヴォーカルというのも普通の人間じゃ経験は無いだろう。

俺はそれを経験している。

運命が呼んでいるような気がした。

(バンドか…)

時はおりしも1991年。

BOOWYで始まったバンドブームの熱は、まだまだ冷めている様子ではなかった。

X(現X JAPAN)の登場で、むしろ加熱していると言っても良いような時代。

(よし!バンドをやろう!)

自分の身体の事、再発した時の事なんて全く考えなかった

こんな身体では誰かに迷惑を掛けてしまうかもしれない。

しかし、それでも自分のやりたい事を自分にやらせてやりたかった。

そして待望の退院日。

迎えにくる筈の母親が約束の時間に来ない。

逸る気持ちを抑えきれないTOKIは自分で退院手続きを済まして、病院を出てしまった。

錦糸町駅から乗り継ぎである水道橋駅まで電車に乗る。

病院を出る直前まで元気だったのに、水道橋を下りる頃になると途端に立ち眩みがした。

ほとんど寝たきりで1年半も過ごしていた事によって、TOKIの体力、筋力は著しく低下している。

突如、視界が停電したように真っ暗になり、膝から崩れ落ち、路上に倒れ込んだ。

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