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第75回
そしてライヴ当日。
事前にチケットは完売。
会場前には当日券のキャンセル待ちをする列。
Kill=slaydのワンマンライヴはこれ以上無いほどの大成功に終わった。
これ以降、バンドを取り巻く環境が大きく激変した。
動いている金銭も何百万単位で、TOKIのレーベルオーガナイザーとしての手腕無しでは、バンドが全く機能しなくなってしまう程になっていた。
ロクに食事を摂る時間も無く、一日一食。
しかも大半は車内で移動しながらで、自宅に帰れば意識が無くなるまで作業をしていなければならない、という苛烈な日々が恒常的になってしまっていた。
そんなTOKIを静江は「ねぇ、そんなに頑張ったら死んじゃうよ!身体に良くないから、もうちょっと休めないの?」とTOKIと顔を合わせる毎に訴えた。
TOKIはいつも苦悩していた。
同じ年頃の恋人同士は夏には海に、週末にはドライブに、クリスマスには一緒にケーキを頬張っているだろう。
でも、今、自分が置かれている状況では、そんな事をしている時間は、とても作れない。
「あぁ、分かってるけど、俺がやらなかったら誰が出来るんだ?」
「…それは、そうだけど」
「今は苦しいけど、いくつか音楽事務所から声も掛かってるから、そうなったら、必ず休めるよ」
「うん」
「そうしたら、どこか遠くへ連れて行ってあげるからね」
「本当?!」
「?!…あぁ、約束するよ」
(お前の為にも頑張らなきゃな)
口には出さなかったが、TOKIは「どこかに行こう」と言った時、静江が驚くほど大きな声で反応した事が、すごく心に残った。
(そうだよな。バンドにばっかり明け暮れて、静江ちゃんと最後にデートらしき事をしたのは、いつだったかな?)
TOKIにとって、静江は恋人であり命の恩人であった。
彼女がいなかったら、闘病生活時に隔離された個室で自殺していたかもしれない。
いや、していただろう。
学歴も財産も無い、ましてや、こんな身体に醜い傷跡がある自分なんかに献身的に尽くしてくれた。
(彼女の幸せの為に生きる)
そんな覚悟を再確認した事は一度や二度ではない。
打ち合わせに次ぐ打ち合わせ。
移動に次ぐ移動。
腹が減って倒れそうな時は、バンドのメンバーや静江の事を思い出して奮い立たせた。
移動中に過労でダウンし、救急車で運ばれた時も「家には連絡しないでくれ!」と救護隊の人に懇願した。
(何も無い上に、ハンデがある。俺は人一倍頑張らなきゃいけない)
しかし、皮肉な事にTOKIが頑張れば頑張るほどバンドの状況は好転し、静江と過ごす時間は無くなっていった。
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